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『Caravan to the Future』 サハラ〜サヘルをラクダで渡る人々

こんにちは、シエルです。

 
一晩だけの特別上映ということで、観に行ってきました。UPLINKでは通算2度目らしいです。
 

www.uplink.co.jp

 

砂漠の民 トゥアレグ族の「塩キャラバン」

 

西アフリカのサハラ砂漠一帯をルーツとする遊牧民、トゥアレグ族の「塩のキャラバン」の話と知って、マリのタウデニからトゥンブクトゥへ運ばれる板塩みたいなものを想像していました。このサイトで紹介されているようなやつです。

 

www.jti.co.jp

 

しかし、この作品で登場するのは円錐形の塩で、しかも家畜用。家畜に食べさせる質のよい塩なのだそうです。一か月に一度だったか15日に一度だったか忘れてしまいましたが、塩を食べさせるとのこと。その塩の交易にまつわるドキュメンタリー映画でした。

 
ニジェール北部のアイール山地にあるトゥアレグのキャンプ地から、テネレ砂漠を横断してビルマ・オアシスで塩を調達、一旦キャンプへ戻って、ナイジェリアのカノという街へ、その塩を売りに行く。そこでコミュニティー全体をまかなえる量の粟を買ってキャンプに戻る… という「塩キャラバン」に、監督・デコート豊崎アリサさんとアシスタントさん(通訳、セカンドカメラも兼ねる)が同行し、撮影されたそうです。カメラ二台、電源はソーラーパネル一枚。
 
 

ドキュメンタリー映画に細かい情報は必要か

 
この映画の冒頭にはフランス語のナレーションが入っていて、日本語の字幕がついています。ここの文字量が多くて、字幕で理解するのは少々難しい気がしました。今回、上映のあとにトークショーがありましたが、そこでもこのことは言われ、日本語のナレーションをつけたほうがいいのではないか、という話もでました。さらに、この旅の行程がわかりにくいのでもう少し説明がほしかった、という意見もでました。
 
ナレーションはなくてもよく、あるとしてももっと少ないほうがよいと思いました。確かに旅程はわかりにくくはあります。ただそれは、最初のほうにちょっと地図が出て説明があるので、その部分をもう少し大きくゆっくり見せて説明すれば済むことと思います。そして、説明はそれだけで充分です。あとは一切ナレーションなしでいい。ただ、場所は知りたいので、「ビルマ・オアシス」とか「カノ(ナイジェリア)」とか、到着時に字幕が入るといいと思います。
 
説明を多くするということについて、監督が「(そうしたら)NHKのドキュメンタリーみたいになってしまう」とおっしゃったのが、まさに!という感じで、そういうなんていうか「情報としてのエスニシティー」みたいなものを、監督は表現しようとしていないし、そのことは観ていて感じられました。
 
「情報が足りない」ということの解決方法は、この作品の場合「わかりやすいナレーションを充分につける」ではありません。「もっと長くする」だと思います。
 
 

長いの、あるいは続編/外伝、待ってます

 
四ヶ月にわたる砂漠の旅の過酷さや素晴らしさを、極力ナレーションのない形で観たいと思いました(後半は少なかったですけれども)。それにはやはり長さが必要です。
 
また、この長旅の間、キャンプで待つ女たちはどんな生活をしているのか、という点にもすごく興味があり、その部分は?と質問させていただいたところ、予算の関係でいれられなかった、とのことでした。
作品を長くできなかったのは、予算の関係が大きかったようです(ソーラーパネルが壊れたということもあったらしいですが)。けれども、この作品は長くなくてはもったいないです。
 
「この作品で一番伝えたいことはなにか」との観客の質問に、まず塩キャラバンのことを多くの人に知って欲しいとか、塩キャラバンをしているコミュニティーの人たち自身に、自分たちのやっていることの素晴らしさを知って欲しいとか、いろいろあるけれども、なによりキャラバンの「音」が素晴らしかった、ぜひみなさんにも旅に出て感じて欲しい、というようなことをおっしゃっていました。ナレーションが少ない後半部分では、風の音やらくだの立てる音など、そこにあった音だけが流れている場面があり、そこはもっと長く観ていたいところでした。おそらく監督ももっと長くしたかったことでしょう。
 
 

文明と伝統の拮抗

 
今回トークショーで監督のお話を聞けてよかったです。
トークショーは好きだしいいのだけれど、「映画そのものを観る」ことを妨げる気がして、映画を観た直後に関係者や批評家の話を聞くのはやめたほうがいいんじゃないか、と思うこともよくあります。でもドキュメンタリーの場合は「そこに写し出されている内容の周辺のこと」あるいは「そこに至るまでのこと」などについて知りたいなあと思うことがあり、今回もそうでした。
 
伝統につきものの、「若者離れ」がやはりこの塩キャラバンにもある。元々はすべて物々交換だった取引にお金が入って来ている。若者が欲しいのはケータイに車…
年配の人たちは自分たちの仕事に誇りを持っているけれども、若者たちのなかにはこの仕事をしていることを隠したいと思う人もいる…
 
監督はこの作品を彼らのキャンプに持ち帰り、上映会を開いたそうです。それを観て改めてこの仕事のよさを認識した人も多かったとのこと。監督がやりたかったことをひとつそこで果たせたのではないかと思います。
 
監督のお話で印象的だったことがあります。
 
彼らの言語はもともとタマシェク語(特殊な文字があります)ですが、サハラからサヘル地域の交易においてはハウサ語がよく使われるため、タマシェク語ができない子どもたちも増えている。以前は家庭で教育が行われていたが、現在は学校で行われる。この「教育」ということも問題で、なぜなら、学校教育を受けてもその先がないから。
 
だいたいこういった話だったと思います(メモ取っておけばよかった)。
 
これが、普段自分が教育ということについてなんとなくもやもやしている部分に、まっすぐ飛んで来ました。
すべての子どもに教育を。
これはいろいろな慈善団体が理念に掲げていることです。それは素晴らしい志で、全くその通りだと思います。
けれども、「(あるコミュニティーに、ある個々人に)どんな教育が必要なのか」そして「その教育の先に何があるのか」ということを深く考えることなしに、現在先進国といわれている国々で行われている「教育」をただ移植するだけでは、なにも残らないことになりかねない…
 
このことは、こういったいわゆる「発展途上国」だけの問題ではなく、教育というものの本質に関わることではないでしょうか。
 

さて、ちょっと脱線してしまいましたが、最後に、最も心を動かされたことについて。

それは、この塩のキャラバンが行われる目的はただ「粟を買ってキャンプに運ぶこと」だということ。ナイジェリアのカノで粟を買うため、そこで売れる塩をビルマ・オアシスに調達しに行く…その行程に四ヶ月という時間をかける…

私、昨日自宅のお米がきれて、ついLOHACOでポチってしまいましたが、つまりこれを四ヶ月かけてやるんですね。そしてそれ自体が仕事になっている。粟がすぐ手に入る場所に引っ越そうとはしない。

こういう生活もあるんですよね…

 

 

 

 

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