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平田オリザ/青年団『ニッポン・サポート・センター』

こんにちは。シエルです。

 

先日、平田オリザさんの新作『ニッポン・サポート・センター』の初演を観に行って来ました。

オリザさんの作品が好きなので、「期待しかない」状態で吉祥寺シアターへ。

(以下、若干内容に触れています)

 

www.seinendan.org

 

”向こう側”を想像せずにはいられない

 

公式サイトにあるとおり、舞台は「駆け込み寺的」NPOのオフィス。

舞台手前に大テーブルが少し離れて二台。奥には舞台幅ほぼいっぱいの壁とドアが3つに窓2つ。

ここに入れ替わり立ち替わり人がやって来ては出て行く。

この”テーブル二台”スタイルは今年4月に観た無隣館公演の『カガクするココロ』、『北限の猿』と同じでしたが、奥の壁・ドア・窓の部分がこの作品のキモでした。

 

壁はこちら側と向こう側を分つ。

この壁・ドア・窓は、”向こう側”を観客に想像させる見事な装置になっていました。

想像させる、考えさせる、というのがオリザさんの演劇のカギであり、それを見る観客の楽しみでもあります。まだご覧になっていない方のために詳しくは書けませんが、この作品にはそれがかなり意識的に組み込まれています。

それは観客に対して「想像しろ!」という押し付けがましいものではなく、観客自身が「想像せずにはいられない」、そういう状況が舞台上に”極く自然に”作り出されていました。

この”自然な装置”は演劇にしかできないことのように思えます。”しか”は言い過ぎかもしれませんが、少なくとも演劇が得意とするところだとは言えるでしょう。

 

「答え」は出さない

 

ところで、”向こう側”を想像したからと言ってそれがどうだと言うのでしょう。

 

アフタートークでオリザさんがおっしゃっていました(し、どこかにも書かれていました)が、「答えを出してしまったら、その答えに賛同する人しか観ない」。

作品が開かれているからこそ、観客は想像し、考える。それによって作品がさらに広がり、膨らむ。またそのことによって、観客自身の世界も広がり、膨らんで行く。

 ”向こう側”を考えることは、巡り巡って”こちら側”を考えることでもあります。

 

良い作品を見た時、それを何度でも観たいと思ったり、実際に何度も観たりするのは、そこにいつも自分にとって新しい何かがあるからだと思います。

そしてなぜそうなのかと言えば、それは私たち自身が想像したり考えたりするからでしょう。

 

”こちら側”では

 

さて、私たちのイマジネーションをかき立てる、舞台上の”向こう側”は置いておいて、”こちら側”にはなにがあるのかというと、これが、ほぼ”その場にいない人”の噂話。雑談。

展開される”ただの日常”に、私たち観客は飽きてしまう…かというとそうではなく、その”普通の”会話を聞き、笑い、登場人物たちの情報を得て行く。

”こちら側”で展開されていること、それはそのまま、おそらく多くの人々の日常風景なのですよね。

普段私たちは”こちら側”にいる。けれどもそれそれが”向こう側”を抱えている。

 

さて、どうしたらいいのでしょうね…

 

 

 

 

 

 

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